2011年2月11日金曜日

読書は義務!?

寝る前に読む、とか旅に本を持っていく、とか毎日のように本屋にいって背表紙を眺める、とか。
読書のスタイル、本へのこだわりは人それぞれです。
私の場合、頭から離れないのが、「読書は義務」という言葉。

言ったのは高校のときの英語の先生です。
最初聞いたときは義務だなんて、ってちょっと反発する気持ちになっていました。
でも、その英語の先生はとても素敵な人でした。後から気づいたんですけどね。
『ウォー・ゲーム』という映画を目をキラキラさせながら紹介してくれるような、茶目っ気のある人で。
リーディングのときは、へミングウェイの短編をただ訳すだけでなく、自分の解釈を話してくれました。
次第に「読書は義務」という言葉がすーっと私の中になじんでいきました。

義務といったって何を読んでもいい。
難しい本を読みなさいとか新書を読みなさいとか、あんなのはくだらないから読んではいけない、とかそんなことは一度も言われなかったので。

「本を読む」。
ことあるごとに本を読むんだよ、と言って読書を私の中にインプットした人がもう一人いて、高校で2年間担任だった国語の先生です。
この先生も人間的にすごく魅力があります。
どんな人かというと、
「僕の声はこもってるからみんなどんどん寝てっちゃうんだよね。
だからみんなを起こさないようにだんだん声を小さくするんだ。」

「兼好法師が言ってるでしょ。ものをくれる友達が一番大事なんだよ。」

「僕さ、歩いていると知らないおばさんから突然物をもらったりするんだよ。」

「僕はね、真理を見つけたくて大学に入ったんだ。」

とまあ、数々のエピソード・名言を一冊の本にまとめたくなるような人です。
おかげさまで授業はほとんど寝ていましたが、1年生の頃ほとんど読書の習慣がなかった私が2年生になり、年150冊ほどの本を読むような人間になりました。

こうして振り返ってみると、あんなふうな大人になりたい、という思いから本を読むようになったんだなあ、と思います。

あと数をこなそう、っていうのは常に思っています。
何かの本の受け売りですね。
ピカソだって作品がひとつだったわけではない。
数多くの作品を描き、その中の一部が後世にも残るような作品になっている。
だから数をこなす。

読んで読んで、ようやく見えてくるものがあるんじゃないのか、と。

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